こんにちは。きのひです。
「仇(かたき)持ち」 知野 みさき 著 を読みました。
2023年3月22日 第1版第1刷
藩の上役の奸計によって家族を亡くし遊女に落とされた伊勢(いせ)国津(つ)藩の武家の娘・凛(りん)
復讐を誓う彼女は津藩江戸屋敷に出入りする町医者・栗山千歳(くりやまちとせ)に身の上を偽って近づき彼の弟子になりました。
千歳のもとには一昨年、二親(ふたおや)を亡くしたのちに千歳に引き取られた佐助という少年がいた。
凜より十歳年下の十二歳でつるりとしたあどけない面立(おもだ)ちと細く小柄な身体つきゆえに歳(とし)より少し幼く見えます。
今宵(こよい)は中秋(ちゅうしゅう)の名月で、ささやかな月見の宴(うたげ)を催(もよお)すことになっている。
月見団子(だんご)と酒、それに盆汁(ぼんじる)、楪子(ちゃつ)もあります。
盆汁は牛蒡(ごぼう)に人参、茄子(なす)、ささげ、大豆(だいず)、南瓜(かぼちゃ)、芋茎(ずいき)などが入った、いうなれば具だくさんの味噌汁(みそしる)
楪子は蓮根(れんこん)、人参、油揚げ、椎茸(しいたけ)、昆布(こんぶ)などを和(あ)えた酢の物です。
楪子はしばらく置いた方が酢が馴染(なじ)んで旨(うま)いため此度は二日前から作っておいた。
「お豆腐(とうふ)の田楽(でんがく)もありますよ」
日本豆腐協会さんの「豆腐の歴史」に「田楽の名の由来」がありました。
串に刺した豆腐を焼いて木の芽みそやゆずみそ、黄味みそをつけていただく田楽。
平安から室町時代、当時の農村では田植えや祭りなどのときに田んぼで太鼓に合わせて踊る風習がありました。
「田楽舞いあるいは田楽踊りといわれていたものです」
やがてこの舞いを職業にする人々が表われてくる。
白い袴をはき、その上に色のついた上着をはおった田楽法師です。
白い豆腐に色のついたみそをつけて食べる串焼きがちょうどこの田楽法師らの衣裳にそっくりなところから付いた名前が「田楽」
「こうして人々は、豆腐の串焼きのことをいつしか『田楽豆腐』とか略して『田楽』と呼ぶようになったのです」
「おでん」のこともかいてありました。
冬の料理としてお馴染みの「おでん」
「もともとは豆腐の串刺し、つまり田楽のことを指していたのをご存じでしょうか」
「お」は接頭語の御で「でん」は田楽を略したもの。
「こんにゃくを串に刺してみそをつけたものをおでんと呼ぶのはそのなごりだといわれています」
「ちなみに現在のように大根やこんにゃく、昆布、はんぺんなどを煮込んだ料理を『おでん』と呼ぶようになったのは比較的新しく江戸時代も終わりごろといいます」
「おでん」が田楽由来の言葉だったとか江戸時代の終わりごろは「比較的新しい」とか・・
まだまだ知らないことだらけです。