こんにちは。きのひです。
「高市早苗は天下を取りにいく」 月刊 Hanada セレクション を読みました。
2024年9月15日 第1刷発行
サラリーマン家庭に生まれた幼少期から、ロックとオートバイに燃やした青春時代。
安倍晋三との魂の触れあい―。
そして、いよいよ総理の座を目指す!
特別寄稿は「松下幸之助の教え」
著者はごく普通の共働きサラリーマン家庭の長女として生まれました。
近親者や知人に政治家が居るわけでもなく、政治には縁遠い家庭環境だった。
でも幼い頃から「投票に行くのは国民の義務だ」と言って欠かさず選挙権を行使する両親の後ろ姿を見て育ちました。
そんな著者は昭和五十九年四月、財団法人松下政経塾に五期生として入塾する。
松下幸之助塾長が訴えておられた日本の将来への危機感の切実さに大いに感ずるところが有り、国政を志(こころざ)したのです。
著者が松下塾長に初めて会ったのは大学四年生の夏でした。
「松下政経塾入塾試験の三次選考が塾長面接だったのだ」
塾生募集ポスターで見た松下塾長の優しそうな笑顔に出会えることを楽しみに、いそいそと上京しました。
試験会場のホテルに到着し、意気揚々と面接会場に入った著者は、いきなり竦(すく)み上がってしまった。
広い部屋の奥には、四名の松下政経塾役員に囲まれた松下塾長が座っています。
「想像していたよりも小柄な痩(や)せた老人だったが、眼鏡の奥の眼光は恐ろしい程に鋭く、ニコリともされずにジッと私の顔を睨(にら)み付けておられるのだ」
それまで人前で緊張することなど皆無だった著者。
「松下塾長の眼光に圧倒され、自分をアピールするどころか殆(ほとん)ど喋(しゃべ)れないままに時間が経過してしまった」
背中を冷たい汗が流れるのを感じます。
最後に松下塾長が口を開かれた。
「あんた、ほんまに五年間辛抱でけるか」
声を絞り出すようにして「はいっ」と返事をしたような記憶が有ります。
がっくりと肩を落として面接会場を出た著者に、松下政経塾の職員がカメラを向けました。
「反射的にニカッと笑って写真に納まった」
数日後、思いがけず合格通知を受け取って驚いた著者。
「緊張して政治経済に関する持論を何も語れなかった私を採って下さった理由が、全く解らなかった」からでした。
後日、松下政経塾の職員からの話で謎が解けた。
「松下塾長は、リーダーの要件の一つとして『運の良さそうな顔』と『愛嬌(あいきょう)のある顔』を挙げておられた」というのです。
一次選考と二次選考の段階で学力や体力や時事問題への考え方は判定できている。
三次選考の目的は「松下塾長が、受験生の『顔』を見ること」でした。
面接直後に職員が撮った写真は、その夜、ホテルのベッドの上に並べられ、松下塾長が指差しながら合格者を決められたのだと聞かされた。
「結局、緊張の余り汗をかきかき困っていた顔か、カメラに向かってニカッと笑った顔で選んでいただけたらしい」
リーダーの要件に「運と愛嬌」を挙げた松下塾長のユニークさに驚いた著者。
でも「政治の世界に入ってから、松下塾長のお考えが少しだけ解ったような気がした」
「松下塾長が言われる『運』とは、短期的な成否ではなく、強い使命感を持ち、それに相応しい運命を信じて行動することによって達成できる成功を指すのだろうと思う」
松下塾長は、政治を「国家経営」と捉(とら)える考え方をしていました。
「『政治を見直そう』松下政経塾、平成五年」では政治も「国家国民全体を対象とした経営活動」すなわち「国家経営」であることを分かり易く説明されている。
松下塾長は「辞書によれば、経営とはもともと建築上のことばで『土地を測量し、土台を据(す)えて建築すること』」だといいます。
それが転じて「ある目標をたて、これを達成するために、規模を定め基礎を固めて、物事をおさめ営んでいくこと」という意味に用いられるようになったという。
「その定義に従えば、人間が計画をたてて行う活動なり営みは、すべてこれ経営ということになるでしょう」
「(国家経営について)経営理念がないと、国民の活動もよりどころが見出(みいだ)せず、バラバラになりがちになり、また他国との関係も場当たり的になって相手の動きによって右往左往するといった姿になってしまう」
「したがって、一国の安定発展のためには国家経営の理念を持つということが、何にもまして大切なわけである」(『実践経営哲学』PHP研究所、昭和五十三年)