人を支えるのは

こんにちは。きのひです。

 

「酒が仇と思えども」 中島要 著 を読みました。

 

平成29年10月20日 初版第1刷発行

 

 

 

 

 

 

 

 

噺家(はなしか)春家喜多八(はるやきたはち)は十五で噺家を志し、落とし噺が得意な春家恋助(こいすけ)に弟子入りしました。

 

噺家として売れ出したのは三年前の二十五のとき。

 

 

 

 

 

 

 

 

洒落尽くしの噺が受けて、だんだん贔屓(ひいき)が増えてきました。

 

人気が出てあっちこっちでちやほやされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

調子に乗った喜多八は遊び歩いて酔い潰(つぶ)れ、駆け出しの頃から世話になっている寿亭の出番をすっぽかした。

 

怒った席亭(せきてい)から一切の出入りを禁じられ、他の寄席からも締めだされてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「芸人は飲んで遊ぶのも仕事のうちだが、高座(こうざ)が疎(おろそ)かになるんじゃどうしようもねえ」

 

「この先も噺家を続けたいなら、きっちり酒を断(た)って寿亭の席亭に詫びを入れろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

師匠に真顔で叱られても、喜多八は聞く耳を持ちませんでした。

 

「たかが一度のしくじりで目くじらを立てるなんて大人げねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

寄席の客は春家喜多八の噺を楽しみにしている。

 

ひと月も経てば、席亭の方から「またうちの寄席に出てください」と酒でも持ってやってくらぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ひと月どころか三月経っても、どこからも声はかかりません。

 

世話になっている駒形町(こまがたちょう)の茶問屋「駿河屋(するがや)」の主人、吉左衛門(きちざえもん)は諭します。

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕事はちゃんとできて当たり前」

 

「たった一度のしくじりで築いてきた信用を失うんだ」

 

 

 

 

「酒を断って、師匠と席亭に詫びを入れればいいじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「冗談じゃねえ。酒が飲めなくなるくらいなら、死んだほうがましでさぁ」

 

この世から酒が消えうせるなら、涙を呑(の)んでこらえもしよう。

 

だが、周(まわ)りが酒を飲んでいるのに、どうして我慢しなくちゃならねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

喜多八は駿河屋の主人に紹介されて大店の酒屋「七福」の若旦那に相談することになりました。

 

 

 

 

「手前が酒を断てないのは、単に酒が好きだからじゃねえんです」

 

「ずいぶん前に亡くなったじいさんのせいなんでさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

喜多八には酒を断つつもりなんてありませんでした。

 

「こうなったからにはこの若旦那を丸め込み、駿河屋に代わる贔屓になってもらおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

喜多八の祖父は今の自分に輪をかけた酒好きだったが、貧しくてめったに飲むことができなかった。

 

「もっと酒が飲みたかった」と言い残して世を去った・・・と口から出まかせを訴えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

「手前が十五になったとき、死んだじいさんが夢枕に立ちやした」

 

「『酒が飲みたいという思いが強すぎて未(いま)だに成仏(じょうぶつ)できない。孫のおまえが代わりに酒を飲んでくれたらいずれ成仏できる』と言ったんです」

 

「酒を飲まずにいると、耳元でじいさんの苦しげな声がするんでさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは大変ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

若旦那は「嘘だろう」と疑いもしなければ、怖がりもしない。

 

「おじいさんが成仏できれば酒を断てるんでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしの知り合いにそういったものを祓(はら)ってくださる和尚様がいるんです」

 

「すぐにご案内いたします」

 

 

 

 

 

 

 

 

ついたのは浅草寺にほど近い千隆寺(せんりゅうじ)というお寺でした。

 

そこの和尚様にうながされるまま喜多八は大声でこう言いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おきょうさま、二度と酒は飲みません」

 

和尚は満足そうにうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか、おぬしは今後一切酒を飲んではならん」

 

「一滴でも口にすれば、命を落とすかもしれんからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

おきょうさんは、酒飲みに深い怒りと悲しみを持って死んでしまった女郎でした。

 

 

ある酒好きが面白がって「おきょうさま、おれも酒を断ちます」とわざわざ千隆寺に来て口にした。

 

そして、その晩に酒を飲み・・・血を吐いて死んだといいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、おきょうの話は本当なのか」

 

「一滴でも酒を飲めば、おれは取り殺されるのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

高座で噺が受けなくて悔し涙をこぼしたとき、大受けして師匠にほめられたとき、喜多八のそばにはいつも酒がありました。

 

つらいときは長屋でひとり飲み、薄い壁に向かって愚痴をこぼしたものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、酒が飲めないのは死ぬほどつらい」

 

「だが、死ぬかもしれない酒は飲めない」

 

 

 

 

 

 

 

 

若旦那はそれをきいて言いました。

 

「まったく困った人ですね。どうしてそんなに酒が飲みたいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

「酒があるから、この世の憂(う)さを吹き飛ばせる」

 

「受ける噺をつくる苦労は並大抵じゃねぇんだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

これから出番というときは、決まって身体が震えたものです。

 

もっと面白い噺をこしらえなければ、もっと気の利いた趣向はないかと頭をひねり続けるうちに、どんどん酒の量が増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「生きていると、つらいことがたくさんあります」

 

「おまえさんの噺が酒の代わりになるように、客が喜ぶことがおまえさんにとっての酒の代わりになりませんか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「苦労してつくった噺が客に受けるとうれしいでしょう」

 

「商(あきな)いだって客が喜んでくれるから続けられる」

 

 

 

 

 

 

 

 

「人を支えるのは酒ではなく、人だとあたしは思います」

 

「・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠が『酒を断て』と言ったのは、おれが酒に逃げるからだ」

 

本当に酒がうまいのは、納得のいく噺をして、客に受けたときでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

酔うためだけに飲む酒は大してうまくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ひと月後、春家喜多八は寿亭の高座に上がり、酒を断つための悪戦苦闘を面白おかしく客に聞かせました。

 

客はみな身に覚えがあるらしく大笑いしたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

噺のサゲは恨めしそうな顔で「ああ、酒が飲みたい」