男性脳の愛と誠意

こんにちは。きのひです。

 

「夫のトリセツ」 黒川伊保子 著 を読みました。

 

2019年10月17日 第1刷発行

 

2020年12月25日 第13刷発行

 

 

 

 

 

 

 

 

「夫に対し『思いやりがない』『話が通じない』『わかってくれない』『とにかく苛立つ』『一緒にいる意味がない』『子どもが巣立った後、夫婦二人になるのが怖い』3日以内に、そのうちのどれかを感じた方は、今すぐこの本を読んでほしい」

 

「その不満が、濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)である可能性があるからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

男は、愛する人を危険から守ろうとするあまり、いきなり相手の欠点を口にします。

 

女は、今日一日のひどい経験のあれやこれやを優しく聞いてもらってなぐさめてもらいたいだけなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「君も、そこ悪いよな」「嫌ならやめればいいじゃん」とくさしてくる。

 

「あれは、男性脳の愛と誠意なのである」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう脳」とわかれば、案外、優しくて誠実な夫だと判明するかも。

 

「『そういう脳』の使い方さえマスターすれば、意外に使い勝手のいい、優しい夫に変えられるかも」

 

 

 

 

 

 

 

 

著者の夫は若いうちは「お鍋、できるよ~」と声をかけると、リビングにやってきて椅子に座るだけでした。

 

「鍋敷きくらい出してよ」と言ったら、新聞やボールペンの乗ったままのテーブルにちょこんと鍋敷きを乗せる始末。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや、それを片付けないと鍋が乗らないでしょ。やる気あるの?」と言ったら「あー、言ってくれればやるよ」

 

(言わなきゃやらないのが、本当にイラつく)

 

 

 

 

 

 

 

 

見りゃわかるでしょ、の事態に動いてくれない。

 

妻が子どものおむつを替えているときもそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

子どもがごろんと寝返りを打ったためにお尻拭きが取れない・・・!

 

そんな事態に、傍らでぼんやりしている夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

「目から火が出るほど腹が立つのは母性のせいだ」

 

子どもを産む前だったら「取って~」と甘えて、事なきを得たはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

夫は、気が利かない。

 

「けど、それ、やる気がないからではなく、妻の所作をうまく認知できていないせいなのだって、知ってました?」

 

 

 

 

 

 

 

 

胸骨と肩甲骨をジョイントして、腕を支える鎖骨は、横にスライドするのと縦に回転するのと2つの動きを持っている。

 

「この2つを組み合わせて、腕のさまざまな動きを可能にしているのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、男女では鎖骨の使い方が少し違っているのだといいます。

 

女性は鎖骨をスライドして使うほうを優先する人が多く、男性は鎖骨の回転を優先する人が多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのため所作が違います。

 

著者はそのことをスポーツトレーナーに教えてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

女性は、鎖骨を横にスライドして腕を出し、一筆書きを描くようにものを取ります。

 

肩の下で静かに腕が動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「かなりガサツな女性でも、ものをがしっとつかみ取る感じにはなりません」

 

一方男性は、鎖骨を回転させてものを取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

腕を前につき出し、それを戻す運動になります。

 

的確に狙って、つかみ取る感じがする。

 

 

 

 

 

 

 

 

著者はレストランで観察してみました。

 

「ウェイターさんはテーブルに正対して前に腕を伸ばし、最短距離で狙ったようにものを置くかたちが主流だが、ウェイトレスさんは、テーブルに横向きに身体を接近させて、横に腕を伸ばし、流れるようにものを置くかたちが主流である」

 

 

 

 

 

 

 

 

所作の違いは、脳の認知の違いでもあります。

 

「女性の所作は流れるようなワンアクションなので、鋭角に『行って、帰る』ツーアクションの男性からしたら認知しにくいのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり夫の脳では、妻の所作が網膜に入るが、風景のように見流しているのである」

 

目の前にいて妻がおむつを替えている風景を眺めていても「子どもがごろんとなったから、お尻拭きに手が届かないで妻が困っている」というようには認知できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

まるでカフェに座って外を走る車を眺めているようなものです。

 

「目の端には入っていても、車が今、車線変更をしたなんて認知してないでしょう?」あれと同じなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

興味がないからではなく、所作が違うから。

 

「ちなみにワンアクションの女性からしたら、ツーアクションの男性の所作はわかりやすい」

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで「夫は気が利かない」は濡れ衣です。

 

「見えていないのなら、言うしかない」

 

 

 

 

 

 

 

 

お尻拭きに手が届かなかったら「お尻拭き、取って」と言えばいい。

 

「察してくれないと恨んだり、気が利かないと嘆いたりする時間がもったいない」

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ理由で夫は家事の総体も見えていません。

 

妻の3分の1しか認知していなければ「半分やってる」と豪語している夫の家事タスクが実質妻の5分の1なんてことが起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

著者はときどきキャンペーンをしています。

 

自分のすることを夫に宣伝する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は洗濯しながらご飯を炊いて、その隙にエッセイを1本書いて、親子丼を作ってシャワーを浴びて買い物に行くね」

 

「あ、その前に新聞をくくる」みたいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして行動に移すたびに「いまから、○○するね」と連絡し「○○、完了しました」と報告する。

 

「明るく、軽やかに、押し付けがましくなく」

 

 

 

 

 

 

 

 

夫は「はいよ」と返事をしながら、ときにちょこっと手を貸してくれます。

 

「新聞紙、出してきて」と声をかけても「はいよ」と軽やか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、なにも言わないで静かにやっていると『ちょっとこれ、捨ててきて』に『えーっ』とか『後で』とか言うのだから、キャンペーン効果は絶大である」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の行動をすべて言葉にして口に出すんですね。

 

「そんなんいちいち言わんでいいよ」とか言われそう。