こんにちは。きのひです。
「林修の仕事原論 壁を破る37の方法」 林修 著 を読みました。
2014年11月5日 第1刷
「努力は必ず報われる」よく耳にする言葉です。
著者はこの言葉を少し不正確だと思っている。
「より正確に表現するなら、次のようになります」
「正しい場所で、正しい方向で、十分な量をなされた努力は報われる」
たとえばお笑い芸人になりたい人が、パスタ屋で朝から晩まで美味しいパスタのつくり方を修行しても自分の目的には近づかない。
「やみくもに打ち込めばいいのではなく、まず『正しい場所』に立たなければ非常に効率の悪い努力をする羽目に陥ります」
それならば、正しい場所ならどんな方向でもよいのか?
残念ながら努力には方向性があります。
「たとえば予備校講師の場合、学力そのものが低い場合と伝える技術が低い場合とでは、なすべきことが異なるということです」
人間の自己認識は、実は他者認識よりも不正確な場合が多い。
「なにしろ人間は自分の顔でさえも直接自分で見ることはできません」
周りの人、特に利害関係のない第三者が本質を見抜くことは案外多い。
人の言葉に素直に耳を傾けていると、相手はいっそういいアドバイスをくれるようにもなります。
利害関係の絡まない評価を素直に受け入れる。
「複数の意見を重ねていけばより正確なものとなるでしょう」
最後は努力の量の問題。
「受験生の場合なら、成績が上がらないと悩んでいる生徒のほとんどが、単に勉強不足という量の問題に帰結します」
学力の低い生徒ほど「こんなに勉強しました」という量そのものが少ない。
学力の高い生徒から見たら全然やっていないという量を十分な量だと見なしてしまいます。
ビジネスにおいてはまず場所と方向に間違いがないかどうかの検証を慎重にしてみる。
そのうえで問題ないと判断したら、あとはガムシャラにやって量を積み重ねていくことが大切です。
「その際に、自分はこんなに頑張っているのだから細かいことはいいだろうと思わないようにしましょう」
遅刻をしない、会社のデスクの上をきれいにする。
こまごましたことをきちんとこなすことです。
「『仕事ができる人』は、不思議なくらい両立しているものです」
そして「やりたいこと」にこだわりすぎない。
「やりたくない仕事に全力で打ち込むことが、やりたい仕事に自分を近づけてくれるという逆説」
「アンパンマン」の作者であるやなせたかしさんは、次のようにおっしゃっています。
「運に巡り合いたいのならば、なんでも引き受けてみるといい」
授業中に無意識に「いつやるか?今でしょ!」と言い放ったことがきっかけとなって著者の人生は大きく動きました。
これまで「なんでこんなオファーが来るのだろう?誰か他の人に出すべきオファーが間違ったのではないか?」と思ったことも少なからずあった。
「しかし、打ち合わせを経て実際にやってみると、受けてよかったと思う仕事がほとんどだったのです」
自分の狭い見識にこだわれば断わっていたであろう仕事。
断わらずに引き受けることで自分でも気づかずにいた自分の可能性に気づいたことは一度や二度ではありません。
「他者に自分を見出されたと言っても過言ではないでしょう」
自分にどんなポテンシャルが眠っているのかは、案外自分ではわからないものです。
自分の物差しにこだわって、まだわからない未知の才能が花咲く可能性をつぶしてしまうのはもったいない。
「こんな仕事もやってみるか、という柔軟な姿勢から好結果は生まれるものなのです」