絶対的な正しさの基準とは

こんにちは。きのひです。

 

「地球ミッション この世は魂のトレーニングジム」 魂のトレーナー ぐるぐる 著 を読みました。

 

2016年10月10日 第1刷発行

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの魂は常に『もっと成長したい!もっと進化したい!』と望んでいます」

 

「そして、この魂のトレーニングこそ、あなたが最もこの地球で体験したいことなのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

地球の大きな特徴の一つは「2極世界」だということ。

 

たとえば、暑いと寒い、高いと低い、良いと悪いなどです。

 

 

 

 

 

 

 

 

魂を成長させるためにはいろんな体験をして意識を広げることが必要。

 

いろんな体験をするためには、いろんな出来事が必要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

特にただの平凡な体験ではなくてドラマティックな出来事が起きないといけません。

 

ずっとずっと穏やかで平和で、何も起きなければ、そこには何の負荷もかからずに魂の筋力はどんどん衰えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで君たち人間の一番身近な2極性が役立ってくるわけだ」

 

それは男と女という2極性。

 

 

 

 

 

 

 

 

2極に分かれていることで、ぶつかったりくっついたりのドラマが生まれます。

 

そして「あいつより上だ、下だ」「私のほうが正しい、間違っている」「こっちのほうが良い、悪い」など2極の世界特有の「比較」という要素も加わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それによって私たちは、さまざまな体験や立場、感情を体験することができ、その中で意識を広げ成長していくことができます」

 

少し自身の体験を振り返ってみれば、日常の喜怒哀楽のほとんどは、この上下や優劣や善悪などの2極性をベースにしていることがわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、この2極性は仮設定です」

 

そもそも善も悪も、正しいも間違いも存在していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本来は、ただその状態があるだけなのです」

 

ただドラマを盛り上げるためにその設定が存在していただけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対的な正しさの基準なんてじつは存在しません。

 

どんなに自分が正しいように思えていても、立場を入れ替えて反対方向から眺めてみれば、今度は自分があれだけ正しいと思っていた考え方が間違って見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さまざまなドラマを生み出して、この世界をより深くじっくり味わうためのチーム分けみたいなものが2極性ってことなんだ」

 

ただ最終的にわかり合えない対立も多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかり合えないから、じゃあ今度は白黒入れ替えましょうと、立場を変えて学び合うシステムがこの地球にはあるんだよ」

 

あんな親にはなりたくないと思っていたけど、気づけば同じような大人になっていたというのはよくある話。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうやって両方の立場を経験して『真ん中』に入って行きましょう、というのが2極の世界のもう一つの目的でもあるんだ」

 

真ん中とは、一般的に中立とか中庸(ちゅうよう)とかいわれるポイントのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらにも偏らずバランスが取れた状態や見方のことともいえます。

 

「食事でも運動でもバランスが重視されるように、この2極世界の学びのもう一つ大きなポイントが、いかにしてこのバランスが取れた見方、真ん中という立ち位置を会得していくか、ということにある」

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえば、磁石にはS極とN極があります。

 

「あの真ん中はどこかわかるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

棒状の磁石の真ん中で二つに割ると、その割ったところとその反対側とでS極とN極に分かれてしまいます。

 

「つまり、ここが真ん中です、というポイントは実は存在しない」

 

 

 

 

 

 

 

 

人間に関しても、これがちょうど真ん中の状態です、という実体はありません。

 

そこで体験が必要になってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「たとえば『恋愛の真ん中を知りましょう』と言われても、よくわからないだろう?」

 

恋愛で振られて傷つく体験をし、そして今度は自分が振る側も体験することで、振るほうも傷つくんだということを知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうすることで、どっちが悪いとか良いとかじゃなくて、恋愛とは振ったり振られたり、好きになったり嫌いになったり、そんなこんなを繰り返す、そういうもの全部含めて『恋愛なんだなぁ・・』という見方を獲得したとしよう」

 

そんなふうにある種、達観できた時、両極を知って真ん中に入ったことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

両方の立場を通して、どっちもわかる、どっちが良い、悪いじゃない、両方あるよね、という理解に至るということが真ん中、中庸ってこと。

 

だから、何か理解できないこととか、否定的に見えることについては、片側の視点しかまだ持てていないということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

相手やその出来事は「真ん中に入っている状態」になるヒントを教えてくれているということ。

 

「そこで理解しようとする姿勢を示したり、自分もまた別のところでは同じようなことをしているかもしれない、という視点を持つことで、必ずしも逆の体験をして学ばなくても済むようになっているんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、何か否定的に見えることが目の前に提示されている時。

 

「何の真ん中を知ろうとしているのか?何の立場をまだ理解できていないのか?」という視点を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

それにより「その課題はクリアされていく可能性が高い」

 

真ん中に入るとは、真ん中から動かなくなるということではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

偏っていない状態や真ん中の実体というものは、どこにも存在していない。

 

それは両極の体験を通してのみ知ることができるものなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのために私たちはいろんな立場や見方を経験している。

 

真ん中を知れば、その時々で一番必要な立ち位置で調和を図っていくことができるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが相手に歩み寄っていくことでシーソーはバランスが取れる。

 

「それは、やはり両極を知っているからこその柔軟性だと言えるでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

著者は「地球は『重力という名のハグ』で地球上に存在しているものが宇宙の果てへ飛んでいかないようにしっかりとつなぎ留めてくれている」といいます。

 

なんだか素敵な表現だなあ。