こんにちは。きのひです。
「西 研 特別授業『ソクラテスの弁明』」 西研 著 を読みました。
別冊 NHK 100分 de 名著 読書の学校
2019年8月30日 第1刷発行
「ソクラテスの弁明」には、大事なキーワードが二つあります。
第一のキーワードは「不知(ふち)の自覚」
以前は「無知の知」と訳されていました。
何に価値があるのかわかっていないと気づくことが「不知の自覚」
第二のキーワードは「魂(たましい)への配慮(はいりょ)」
「魂の世話」と訳されることもあります。
哲学の対話とは「勇気とは何か」「正義とは」といったテーマについて、それぞれが互いの考えをもち寄り検討し合うこと。
なぜそうするかといえば、自分の魂(心)を「よいもの」にしたいと願うからです。
つまり、各人が自分の魂を「よいもの」にしようと配慮し世話することが哲学の目的である。
ソクラテスはそう考えているのです。
「それぞれが率直に自分の考えや思いを話すことができれば、お互いの価値基準を尊重しながら共通する部分を見つけ、雰囲気を改善してもっと楽しくやっていくことができるかもしれません」
状況はさまざまですから、いつでも対話ができるとは限らない。
「しかし対話は、互いによい形で生きていくための、大切な『方法』でもあるのです」
ところで、人間の抱く価値(よさ)とは何なのか。
「簡単に言えば、人の求めるものは『よいもの=価値あるもの』」
「嫌がるものは『よくないもの』」
人は空腹を満たそうとしますが、動物はみなそうします。
たいていの動物はお腹がいっぱいになれば寝てしまって動かない。
「しかし人間はそこからが本番です」
みなが喜んでくれることを実現するために仕事に精を出す人もいるでしょうし、好きな人と一緒におしゃべりしたり、スポーツを楽しんだりする人もいる。
さらに、自分自身を「価値あるもの」にしたいと思う。
「勇気ある人でありたい、心ただしい人でありたい、親切な人でありたい、と願ったりするのです」
このように、価値とは「人の求めるもの」ですから、これがハッキリしなくなると元気がなくなる。
逆に、これこそが価値あることだとわかれば、元気が出てきてそちらに向かおうとします。
「だからこそ、価値の根拠(なぜそれは価値があるのか・どういう点で価値があるのか)を問うことが必要となるのです」
たとえば「正義について」
「正義の基準は一人ひとり違って当然です」
しかし「人が正義・不正という概念をもつこと」には一般性がありそうだ。
どんな社会に生きる人でも、正しいことややってはならないこと、という観念をもって生きているように思える。
哲学は「どうやったら共通理解に達するような問い方になるか」についても考えてきました。
「正義を大事にしなければいけない理由は何か」
このような問いによって導き出せる共通理解があれば、自分の生き方や自分たちの社会のあり方を方向づけることができる。
多くの人は「自分を含むこの社会の人びとは『仲間』であって、互いを傷つけ合わずに一定のルールを守って平和に共存していくのがよい」と思っています。
だから人は、ルール(法律)を守ることは当然であり正しいことだ、つまり正義だと思う。
そしてルールを破る人に対して「ひどい、ずるい、約束が違う」つまり不正だと感じるのです。
しかし「何を正義の基準とするか」は、それぞれに自分の中で育ててきた価値観があり、ある程度人によって違いが出る。
哲学では「どの範囲までなら共通理解が作れるのか」「どの範囲からはそれぞれの価値観を認め合う領域になるのか」という区分が重要になってくるのです。
「共通理解を作るためには、問いの立て方が重要」
どう問えば、それぞれが自分の体験をもとにして考えていけるか。
また、共通な答えが出せるのか(それとも多様な答えがあってよいのか)
「勇気、正義、幸福などの伝統的な哲学的テーマも面白いですが『なつかしさ』『嫉妬(しっと)』『恐怖』などの感情も面白いテーマとなります」
「語り合いながら自分と他人を理解し、自分の軸を作っていってください」
人間は一人では生きていけません。
「対話を続けながら、周りの人たちと一緒に機嫌よく生きていかれますように」