こんにちは。きのひです。
「雨柳堂夢咄(うりゅうどうゆめばなし) 其ノ三」 波津彬子 著 を読みました。
2007年10月1日 新版第1刷発行
連(れん)は咳が止まりません。
「ゴホッ」「コンコン」
それに気づいたおじい様。
「おまえ風邪でもひいたかい?」
「そうみたいです。何だか寒気(さむけ)もするし」
「おじい様うつらないようにして下さいね」
雨柳堂は骨董屋。
おじい様は仕入れに蔵の蒐集品を見に行ったり売ったものについての相談を受けたりで出かけなければなりません。
「おじい様、角谷(かどや)医師(せんせい)の所に寄って薬を頼んで来て下さい」
「薬局にいる書生(しょせい)の京助(きょうすけ)さんが届けてくれるだろうから」
書生ってどんな人のことをいうんでしたっけ。
「マルノート 日本の文学と現代の読書 2021/9/19」に「『書生』の意味とは」が。
書生は「学問を身に着けるための期間にある若者(大学生)」という意味です。
といっても「学生」と同じではない。
「『書生』には『学生』には無い『血縁の無い他人の家にお世話になって、住み込みで家事・仕事等を手伝いながら学問をする者』という意味があります」
「書生」は「下宿の一間借り」をしていた。
明治初期はまだ大学も少なく、交通機関も発達していません。
そのため大学から離れた距離に住んでいる人は実家を離れて大学のそばで暮らさなければならない。
「都会に住む地方出身の成功者などは、同郷の苦学生を自分の家において援助することも多かったようです」
「その場合は、学生はその代りにちょっとした家の雑用を手伝ったりしました」
けれど大学の数が増え、交通機関も発達してくると実家を離れなくても大学に通えるようになります。
寄宿舎や学生用アパートなどが整備されてきて他人の家の一室を借りる「書生」は減っていった。
ただ「住み込みで手伝いをしつつ勉強する者=書生」というイメージは残りました。
そこで昭和になって新しいタイプの書生がでてくる。
政治家や小説家の先生の家に住み込みで暮らし、その仕事内容を勉強しながら秘書的な役割や雑用などをする。
このような人のことも大学生でなくても「書生」と呼ぶようになりました。
「『学生』という言葉は明治時代に広まった言葉です」
それまでは、小学生も中学生も大学生もオフィシャルでは「生徒」だった。
「それが明治14年に東京大学が本科生のことを『学生』と呼称するようになり『学生』がそこから広まり出しました」
ただその前から青年時代の学生を指す「書生」という言葉は使われていた。
「けれどもここで『書生』と同じ大学生を指す『学生』という言葉が広まり出したことで『書生』の使い方が宙ぶらりんになりました」
その結果「学生=大学生一般」「書生=実家から離れて他人の家の一間に下宿して暮らす大学生」という違いが出てきた。
「学生」という言葉は東京大学発なんですか・・すごいな。