こんにちは。きのひです。
「江戸城の御厄介様」 飯島一次 著 を読みました。
木島新太郎(きじましんたろう)は家督を相続し直参旗本木島家五百石の当主となりました。
お役目は御文庫(おぶんこ)奥書院番(おくしょいんばん)
書院番は将軍の身辺を警護する重要な役目です。
お護りするのは御文庫の奥のさらに奥。
「書物ではないが書物のようなもの。宝物ではないが宝物のようなものじゃ」
そのお役目の詳細は決してだれにも洩らしてはなりません。
「それが洩れたときは御公儀が礎から大きく揺らぐことにもなりかねん」
母親というのは息子にとってつくづく厄介(やっかい)です。
食事中でもよくしゃべる。
「ときに、そなたもそろそろ嫁御の心配をせねばならぬの」
「近頃では富裕な商人が金にあかせて派手な祝言をあげるそうじゃ」
「そうそう本町(ほんちょう)に大きな間口を構える油屋の近江(おうみ)屋というのがあろう」
「同業と縁組が叶(かな)い、ひとり息子に嫁をもらうことになっての」
「ところが祝言の日、祝いの座敷でふっと嫁が煙のごとく消えてしもうたという」
油屋。
江戸時代の油ってなにから作られてたんでしょう。
クリナップさん「ちょっと江戸知識『コラム江戸』」「第55回行灯(あんどん)は、どれくらい明るかったのか」によると。
「蠟燭(ろうそく)はもちろんあったが残念ながらあまりにも高価で、江戸庶民が日常使えるものではなかった」
行灯のなかで燃やすのは動物や植物の油です。
「この油のことを灯油(ともしあぶら)という」
「とうゆ」と読んだら石油になってしまいます。
「灯油は菜種油(なたねあぶら)や魚油(ぎょゆ)が主な燃料である」
魚油は主に鰯(いわし)の油を原料としました。
「菜種油は蠟燭よりもはるかに安かったが、庶民にはやはり高価で一般的には魚油を用いた」
魚油は菜種油の半値ほどだったといいます。
「初期の行灯は夜外出するときの明かりだったようだ」
提灯(ちょうちん)が普及する前の時代の話です。
油は油売りの行商人から量り売りしてもらっていた。
油売りは、量った最後の一滴まで油を油差しに入れることを求められました。
油の滴(しずく)が切れるまでは時間がかかる。
その間は世間話をして間をもたせました。
「その様子が無駄話をして仕事を怠けているようにも見えた」
「『油を売る』という言葉はここから生まれている」