こんにちは。きのひです。
「なぜ、いま思考力が必要なのか?」 池上 彰 著 を読みました。
2022年2月16日第1刷発行
著者は1950年、長野県松本市生まれ。
2005年よりフリーランスのジャーナリストとして執筆活動を続けながら、テレビ番組などでニュースをわかりやすく解説して幅広い人気を得ている。
「はじめに」には「思考力とは『自分がよりよく変わる力』」とあります。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は日本そして世界を大混乱に陥れた。
「この未曽有の事態は私たちの『思考力』を試し続けています」
感染しないためにどういう行動をとればいいのか、デマを見極めるにはどうすればいいのか。
思考停止に陥れば、つまり「自分の頭で考える」ということができなければ「自分の代わりに他人に考えてもらう」ということになる。
「そうして他人の考えに自分の頭の中が支配されてしまい、世の中の大勢(たいせい)に流されたり不安でパニックになったりデマを信じたりしてしまいます」
いまこそこうした人の性質や弱さというものを知った上で、自分が間違った方向に向かわないようものごとを常に冷静に論理的に捉える「思考力」が求められている。
「この本で私があなたに示したい思考力とは事実を真摯に探究して、それを積み重ねていくことによって社会の現実と自己のありようを知り『自分がよりよく変わる力』です」
著者は「『問い』自体を疑うことも思考力」だといいます。
東京工業大学の講義で著者はブータンにおける「国民総幸福( GNH = Gross National Happiness )」の話をしたことがある。
ブータンは国民総幸福という考え方で二年ごと八千人に聞き取り調査しアンケートをとって数値を算出しています。
質問には「あなたは一日に瞑想(めいそう)する時間をどれだけ持っていますか?」というものがある。
「さすがチベット仏教の国だなと思います」
「一日に三十分でもじっくりと心を鎮める時間を持つことができればそれは心のゆとり、生活の豊かさにつながるでしょう」
「あなたは地域の祭りに参加していますか?」という質問もある。
これはつまり地域の祭りが存続していて地域のコミュニティがしっかり残っているということです。
地域に祭りがあってそれに参加しているということは、すなわちそのコミュニティの中で受け入れられているということ。
「幸せを表す尺度として納得です」
著者はこの講義の数週間後に抜き打ちの小テストをした。
「もし日本で GNH というものを算出することになったらあなたはどんなアンケートの項目を立てますか?」
「それを答えなさい」という問題を出した。
そのとき「もしこういう答えがあったらいい点を与えよう」と思っていたものがありました。
それは「幸福というのは極めて主観的なものであってこれを客観的なデータで算出することはできない」
「よって池上教授の問い自体が成り立たない」というものです。
さすがにこのように書いた学生はいなかった。
それでも「極めて主観的なことを客観的データで算出することはできないが、池上教授がそれを出せというから仕方がないから答える」という前提条件を書いていた学生がふたりいました。
「彼らにはいい点数をあげました」
つまり問い自体を疑うし、そんな問いに答えなんかないよと思ったら率直に伝える。
「そういうことが実は大事なのではないかと思うのです」
「いまあなたも一生懸命、どんなアンケート項目にしたらいいだろうか?と、思わず考えていたのではないでしょうか」
もちろん考えてしまう側でした・・・
それ以前に「幸福度のアンケート」って
「あなたは幸せですか、 yes no どちらでもない」だけかと思っていました・・・