こんにちは。きのひです。
「もしも徳川家康が総理大臣になったら」 眞邊 明人 著 を読みました。
2021年3月20日 初版発行
2021年4月25日 第3刷発行
2020年。新型コロナの初期対応を誤った日本の首相官邸でクラスターが発生。
あろうことか総理が感染し、死亡します。
かつてないほどの混乱の極みに陥った日本政府はかねてから画策していたAI とホログラムにより偉人たちを復活させ、最強内閣をつくる計画を実行する。
「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。 カール・マルクス」
2020年4月1日。
世界初のAI と最新ホログラム技術で復活した歴史上の偉人たちで構成された最強内閣。その最初の閣議が行われることになりました。
官房長官は坂本龍馬(さかもとりょうま)がつとめることになっていた。
家康は居並ぶ閣僚たちをゆっくりと見渡しました。
財務大臣は豊臣秀吉(とよとみひでよし)、経済産業大臣には織田信長(おだのぶなが)。
豊臣秀吉(安土桃山時代)戦国三大英傑のひとりであり、家康の前の天下の覇者。
「農民から天皇に次ぐ最高権威の太閤にまで上り詰めた空前の成り上がり者」
江戸時代前期に出版されたこの男の一代記である「太閤記」が常にベストセラーであったことからも人気がうかがい知れます。
織田信長(安土桃山時代)戦国三大英傑の代表格であり時代の革命者として現代での人気が高い。
古い慣習を打破しおのれの理想のためには虐殺も厭わぬ苛烈な性格は、重臣の明智光秀の突然の謀反(むほん)を引き起こし本能寺で49年の生涯を閉じることになりました。
「大権現さま。まずは病の勢いを止めることが肝要かと思いまする」
徳川綱吉(江戸時代中期)数々の政治改革を断行し元禄(げんろく)文化を代表する空前の好景気をもたらした。
「在任期間の後半は度重なる天災と、後世にまで悪評を轟(とどろ)かした『生類憐(しょうるいあわ)れみの令』により彼の評価は地に堕ちたが、綱吉の時代に日本は戦国の荒々しさから世界でも有数の成熟した安定国家になったことは紛れもない事実である」
江戸幕府の第5代将軍徳川綱吉は、その将軍在任期間に「命」というものの考え方を変えさせた男でした。
綱吉は当時あたりまえのように行われていた捨て子や行き倒れの根絶に取り組んだ。
「生類憐みの令」は後世では「犬を大事にする」法令のように言われています。
しかし実際はそれまでの「殺す」ことが正義や正当な施策としてまかり通っていた時代の価値観を大きく変換させるものであった。
結果として明治維新まで捨て子や行き倒れに対する保護が行われたのです。
それは中世という時代において先進的な政策であった。
綱吉は自分の政策に反対する者または無能な者には容赦がありませんでした。
綱吉の跡を継いだ家宣(いえのぶ)は生前から綱吉との関係が悪かった。
したがって家宣の幕閣(ばっかく)には反綱吉派が多く起用されました。
「日本における綱吉の不当な評価は彼によって粛清(しゅくせい)された政敵(せいてき)たちの手によるものである」
綱吉の政治は、当時綱吉と実際に謁見(えっけん)したドイツの医師であるケンペルによって伝えられヨーロッパでは「中世最も優れた政治家」として称賛されています。
この頃のヨーロッパの政治家には国民の保護などの意識はまるでなかった。
国民は「搾取」の対象でしかありませんでした。
そういう時代において綱吉が人間の生命を分け隔てなく守るという政策を行っていた。
それは「奇跡のように捉えられたのだ」
ちなみに綱吉は「服忌令(ぶっきれい)」という法令の中で喪に服す期間を定め、それが今の「喪中」につながっている。
「綱吉がいなければ、日本人の生き物を大切にする心や亡くなった近親者を悼む精神は存在しなかったかもしれない」
そんなにすごい人なのに評価され足りてない気がします。
家宣さんとの関係が良ければちゃんと正当な評価が得られていたんでしょうか。
「いつの時代も、歴史は権力によって塗り替えられるものなのだ」