幻の発明者

こんにちは。きのひです。

 

「豆大福と珈琲」 片岡 義男 著 を読みました。

2019年4月30日 第1刷発行

 

 

 

 

 

 


小説的企みに満ちた「珈琲」をめぐる五つの物語。

その中の「深煎りでコロンビアを200グラム」では京島裕二と雨宮美砂子が会話する。

 

 

 

 

 

 


エスカレーターの下の段から見た女性はよく見たらきみだった」と京島は言いました。

振り返って笑顔になった美砂子は歩調を変えないままに屋外を感じさせるスペースの奥に向けて歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

三階には右側に食事の店が何軒かならんでいる。

その向かい側のスペースは間隔のあいた柱に屋根を支えられた風とおしと見晴らしのいい場所でした。

 

白く丸いテーブルと椅子が無造作に配置してあり、その奥では植物の生えている長方形や大きな円形の器のあいだを通路が右に左に曲がって続いていた。

 

 

 

 

 

 

 


建物の緑は高い金網のフェンスで囲まれていました。

いまここにいるのは彼らふたりだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

美砂子が言った。

「ここにはほとんどいつも人はいないのよ」

 

「無料で自由に使えるところに人は来ないのね」

 

 

 

 

 

 

 


ふたりは椅子にすわり丸いテーブルをかたわらにして斜めに向き合った。

 

風が吹き抜けた。

鉢植えの植物の列の向こうに夏の空が見えました。

 

 

 

 

 

 

 

「珈琲が欲しくなったわね。あとでうちの店へいきますか」

「あとで珈琲豆を買いにいく」

 

 

 

 

 

 

 

美砂子は「珈琲のテイクアウトは東京ではいつ頃から始まったのかしら」と京島に質問しました。

「珈琲そのものは江戸時代までさかのぼる」と京島は言った。

 

 

 

 

 

 

 

「長崎の出島で外国から来た人たちが珈琲を飲んでいた」

「文筆家と珈琲が結びついたのは明治何年だったかな」

 

 

 

 

 

 

 

日本橋小網町にあったフランス料理の店が深煎りの豆で客に珈琲を供したそうだ」

「テイクアウトはまだなかったのね」

 

 

 

 

 

 

 


「たとえば永井荷風先生が『自宅に帰ってからもこの珈琲を飲みたいのだけれど』とテイクアウトを所望した、という想像は成り立つ」

 

「深煎りの豆で淹れてもらった珈琲を小さな魔法瓶に満たし、風呂敷に包んで片手に提げた先生は市電で帰っていった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本でのコーヒーの歴史は江戸時代までさかのぼるんですね。

UCC さんのページに「コーヒーはどんな歴史を歩んできたのでしょうか?」という記事がありました。

 

 

 

 

 

 

 

文字によるコーヒーの記録は西暦900年頃アラビア人の医師ラーゼスによるものが最初と言われています。

彼はコーヒーの薬理効果を認めていた。

 

 

 

 

 

 

 


実際に野生のコーヒーの種子(バン)の黄褐色の煮出し汁(カム)を「バンカム」と名付け患者に飲ませていたそうです。

彼の記した文献には「コーヒーには消化や強心、利尿の効果がある」という詳細な臨床結果が残されている。

 

 

これはコーヒーに関する最も貴重な初期の文献といわれています。

 

 

 

 

 

 

 


このラーゼスの後、イスラム教徒の医師アヴィセンナ(980~1037)によっても同様の記述がなされている。

後世においてもコーヒーは単なる飲み物にとどまらず、薬としても考えられるようになったのです。

 

 

 

 

 

 

 

アビシニア(現エチオピア)にいたカルディはアラビア人のヤギ飼いでした。

 

ある日カルディは自分が世話をしているヤギが牧草地に生えている灌木の実を食べると騒がしく興奮状態になることに気づいた。

 

 

 

 

 

 

 


それを近くにあった修道院の院長に伝え二人でその実の効能を試してみることにしました。

茹でて飲んでみたところ気分が非常に爽快になった。

 

 

 

 

 

 

 

1470年にはアフリカのアビシニア高原から南アラビアのイエメン地方にコーヒーの木が移植されました。

コーヒー飲用はメッカとメディナに広まります。

 

 

 

 

 

 

 

1505年 アラブ人がセイロンにコーヒーの木を伝える。

1517年 トルコのセリム1世がエジプト征服後、コーヒーをコンスタンティノープルに伝えます。

 

 

 

 

 

1592年 コーヒーの木と飲み物のコーヒーについての解説が初めて印刷物に登場。

プロスぺロ・アルピーニ著「エジプトの植物」です。

 

 

 

 

 


1607年 キャプテン・ジョン・スミスによりアメリカにコーヒーが伝えられる。

1640年 オランダの貿易商ヴルフバインがヨーロッパに初めてコーヒーを輸入、アムステルダムで売り出しました。

 

 

 

 


1650年 コーヒーがウィーンに伝わる。

1658年 オランダ人がセイロンでコーヒーの栽培を開始します。

 

 

 

 

 

1696年 インド南部のマラバルから初めてジャワ島にコーヒーの苗木が運ばれる。

しかし洪水によって壊滅。

 

 

 

 

 

1699年 ジャワへ二度目のコーヒーの苗木を運び栽培に成功。

オランダ領インド諸島のすべてのアラビカ種コーヒーの木の先祖となります。

 

 

 

 

 


1727年 ポルトガル植民地パラにコーヒーの種子と苗木が持ち込まれる。

ブラジル最初のコーヒー農園の始まりです。

 

 

 

 

 

日本では1782年 蘭学者志筑忠雄の訳書「萬国管窺(ばんこくかんき)」が出る。

これは日本初のコーヒーに関する文献とみられます。

 

 

 

 

 

「阿蘭阿弥陀の常に服するコッヒイというものは、形豆の如くなれども実は木の実なり」

と著し、豆ではなく木の実であると正確に述べている。

 

 

 

 

 

 

 

1899年には日本人化学者、加藤サルトリ博士がインスタントコーヒーを発明しました。

コーヒーを一度液化してから真空蒸発缶に入れて水分を除去し粉末にするという真空乾燥法に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

ところが当時の日本ではインスタントコーヒーの販路がなく彼はアメリカへ渡りシカゴで加藤商会を設立。

 

その後、ニューヨーク州バッファローで開催されたパンアメリカ博覧会にその製品を出品・販売しました。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、サルトリ博士は特許をとっていなかった。

1903年に別の方法でインスタントコーヒーを作ったジョージ・ワシントンが特許をとり、幻の発明者となってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 


世界で初めてのミルク入り缶コーヒーが誕生したのは1969年。

 

レギュラーコーヒーから抽出された、本格的なミルク入り缶コーヒーがUCC上島珈琲株式会社によって開発・生産されました。