こんにちは。きのひです。
「自分を休ませる練習」 矢作 直樹 著 を読みました。
2017年10月24日 第1刷発行
2018年2月19日 第8刷発行
著者は東京大学名誉教授です。
麻酔科を皮切りに救急・集中治療、内科、手術部などを経験。
15年間にわたり東大病院の総合救急診療体制の確立に尽力してきました。
2016年3月に任期満了退官。
「はじめに」は「最近、ゆっくり休めていますか」という問いかけから始まります。
著者は医者として長年患者さんを診(み)てきた中で釈然としないものを感じていた。
「病気になって病院にやってきた患者さんを治療しても不健康で無理ばかりする生活を続けていればまたどこかからだを悪くして病院にやってきます」
対症療法によってでしか患者さんを助けられないことにある種の限界を感じていました。
そんな著者がこの本で提案するのは「ありのままの生き方」です。
自分の心身を解放し「今ここ」に意識を集中させる。
「中今(なかいま)」「マインドフルネス」
「やわらかな心」「すこやかなからだ」「ほどよい暮らし」「ありのままの感覚」「自然の中の自分」「『今』に意識を取り戻す」ためのヒントを紹介していく。
「ひとつも難しいことや特別な方法はありません」
「『頑張りすぎる人』は『いいかげん』になる」
「規則正しい生活に縛られるよりもからだが喜ぶ生活をする」
読んでいると優しい考えになんだかホッとします。
少し意外だったのは「『美しい所作』は、心とからだにいい」
「残心(ざんしん)という言葉をご存じでしょうか?」
「意味としては『それを終えた後は力をゆるめる。あるいはくつろぎながらもまだしっかりと注意を払っている状態』です」
弓道、剣道、柔道などの武道さらに伝統芸能の世界でもよく使われる言葉。
「気持ちが途切れていない状態とも言えるでしょうか」
ドアや襖(ふすま)は静かに最後まで閉める。
湯飲み、コップ、食器は静かに置く。
静かに歩く。無用な音を立てない。
「日常生活でも残心を生かしてみたらいかがでしょう」
食事を済ませた途端にバタバタと立ち上がらない。
余韻(よいん)を大事にしてお茶を飲み落ち着いてから片づける。
「常に緊張する必要はないのですが自分に注意を払うことが大切」
食べ物を箸(はし)でちゃんとつまめるか、外出の際に階段を踏み外さないか。
すべては「今の自分」を意識することから。
「その動作を意識することで加齢によるからだの変化を知ることもできるでしょう」
所作(しょさ)としても美しく見えると同時に自分の機能の確認にもなる。
「食べ物を箸でちゃんとつまめるというのは脳機能はもちろん握力と視力がしっかりと機能している証拠」
「階段を踏み外さないというのは脳機能、脚力(腰、太もも、膝(ひざ)、ふくらはぎ、足首、足指など下肢(かし)全体の総合力)と視力がしっかりと機能している証拠」
ドアを静かに閉める、器をそっと置く、動作の余韻を味わう。
「お行儀」の視点からいわれがちですがドクターの目から見ると「身体機能が正常」ということになるんですね。
そういわれればドアを閉めながら次のことを考えていた気がします。
「残心」
華道や茶道でもいわれてそうですね。