こんにちは。きのひです。
「同心 亀無剣之介」 風野 真知雄 著 を読みました。
2019年12月25日 初版発行
旗本の高林新蔵(たかばやししんぞう)は石高三千石。
切れ者と評判で有能ぶりを認められながらも無役の寄合組にいるので扶持米(ふちまい)がもらえません。
今日は朝からずっと縁側近くに置いた机の上で書き物を続けていた。
根をつめて書いていたのは幕府に提出する意見書です。
ペルリの来航以来さまざまな混乱を見せはじめた江戸の町。
高林は揺らぎだした町の秩序をどう維持しまたどう改革していくべきかの考えを意見書にして提出しました。
これが幕閣のあいだでも好評でありくわしい案を出すように言われた。
「高林のやる気も増すわけである」
書き物を続けて気がつくと陽は沈みかけています。
「疲れたな」
ようやく筆をとめて首を何度か右に左にまわした。
今宵は旧暦九月十五日。
高林の屋敷に近い麻布界隈では十五夜は多くの人出で賑わった。
十五夜というと衣(きぬ)かつぎと呼ばれる里芋を食うのが習いです。
麻布六本木の芋洗い坂にはその芋を売る市(いち)が立って大勢の客を集めていた。
里芋・・・十五夜は「お団子」では・・
みているとhibiyakadan.com さんのページに「お月見のお供え物について」とありました。
「お月見のお供え物といえば月見団子です」 ですよね。
「月見団子はその名の通り丸い団子で月を表現していると言われています」
「また、十五夜は別名『芋名月』とも呼ばれ、里芋やさつまいもなどの芋類を供える地域があります」
「これは稲作以前の、里芋などの芋類を主食として食べていた頃に十五夜に秋の収穫物である里芋を供えていた名残である説が有名です」
つまり十五夜に団子を供える理由は「里芋に形を似せるためでしょう」
「団子」より「里芋」の方がルーツが古いんですね。
昔はきっと今よりも夜の闇が深く、その分満月の明るさはより輝いていたんでしょう。
みているうち人々はなんだか大切なものを供えたくなったのかも。
ちなみに十五夜には「すすき」も飾ります。
これは「稲穂の代わりとして飾った」と言われているそうです。
農作業に従事する人々は満月を豊穣の象徴とし秋の収穫の感謝を込めて芋や豆などの収穫物を月に供えた。
しかし「稲穂はまだ穂が実る前の時期であることから穂の出たすすきを稲穂に見立てて飾った」そうです。
すすきは古くから「神様の依り代」と考えられていた。
茎の内部が空洞のため神様の宿り場になると信じられていました。
すすきの鋭い切り口は魔除けにもなると考えられた。
「お月見のすすきには悪霊や災いなどから収穫物を守り翌年の豊作を願う意味が込められています」
お月見といえば「お団子」のイメージでしたが、意外と「すすき」の方が重要なのかも。