こんにちは。きのひです。
「こっちの世界、あっちの世界」 稲葉耶季×矢作直樹 著者 を読みました。
平成28年4月27日 第1刷発行
稲葉氏は名護簡易裁判所判事を2012年退官。
2013年11月臨済宗の僧侶となります。
矢作氏は2016年3月東京大学大学院医学系研究科救急医学分野教授および医学部附属病院救急部・集中治療部部長を任期満了退官。
つまり元東大病院医師と元裁判官が語る「生」と「死」
お二人は「日本における医療の現況と未来」についても話されています。
たとえば「ガンの標準治療としての抗ガン剤をどうとらえればよいか」
稲葉氏は「体への負担や副作用が大きいガンの標準治療は考え直したほうがいいのではないか」という立場。
矢作氏は「ガン治療にいろいろな問題があるのは確か」といいつつ
「そもそも『抗がん剤を使わなければどうなる』ということが検討しにくいので多くはこれまでのやり方を踏襲しているのが現状です」
「欧米では似た病状の人に対して手術をする人、しない人、抗ガン剤を使う人、使わない人などと分けたスタディ(研究・調査)をやっている」
「全体を詳細に語れるのはまだ先だと思います」
「日本では倫理的にむずかしいという声が大きいから客観的なデータはまだまだ足りない」
医師である矢作氏に質問がでます。
「矢作先生が仮にガンになられてまだ初期だった場合は抗ガン剤をお使いになりますか」
すると「少しふざけたいい方になりますけど私はガンになりません」
「見つけなければいいんです」
稲葉氏は「あ、見つけなければないも同然ですからね」
「つまり検査を受けなければいいと」
ほとんどのお医者さんは絶対言わないようなセリフです・・。
もちろん健診を受けないことを教唆(きょうさ)しているわけではない。
「『自分はこうです』といっているだけですから」
これについて稲葉氏は「『検診は受けなければいけない』という強迫観念の枠がはずれることは大切」
病気になってからやることは「サルベージ(海難救助)」
そういうサルベージが必要な状況に「しないためには?」という活動がまだまだです。
「なぜ病気になるか」という話がない。
「そこがね、すごく不思議なんですよ」と稲葉氏。
「それこそが医学ではないのでしょうか」
お二人の共通認識は「死はふるさとに帰る門出」
「誕生は『こっちの世界に来ること』死は『あっちの世界に行くこと』」
食事についてのお二人の共通点。
肉類は食べないそうです。
矢作氏のきっかけは「ある日突然ウシの悲しそうな表情が目の前に見えたこと」
「それでピタッとやめて以来食べたいとは思いません」
稲葉氏は「釣り上げられて暴れている魚の顔を見て食べられなくなりました」
「それから養鶏場に行って狭いケージに入れられているのを見てニワトリが食べられなくなった」
もちろんそれを他の人に強制しているわけではまったくありません。
「おいしいものを食べてうれしいというのも宇宙にとってポジティブな波動であることは間違いないですよね」
「だから『食べるな』なんていうよりおいしいものを食べて喜ぶ人がいるということのほうが宇宙にとっていいのかな」
普段食べるのは魚にしても肉にしても「パック詰めされたもの」
生きている姿をあまり意識していませんでした。
そう思って生きている姿と目が合ってしまうと確かに食べにくいかも。